东京电机大学では、より開かれた大学を目指してさまざまな活動を展開しております。その一環として、貴重な学术资料や実験装置のほかに、広く理工学に関する古文書?絵画等を永年にわたって収集、保存してきました。今後は、これらを一大学の所有にとどめず、広く内外の教育?学術研究ならびに啓蒙活動に役立てていただけるよう願っております。コレクションの総数は数千点にのぼり、学会研究者からも極めて高い評価を得ております。ここでは、そのほんの一部を紹介いたします。
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アメリカの電気工学者、チャールズ?クラーク(Charles Lorenzo Clarke, 1853~1941)が所蔵していた図書や私文書を集めています。クラークは発明王トーマス?エジソンの共同研究者として知られ、世界初の中央発電所方式の配電システムの建設に重要な役割を果たすなど、エジソンとともに電気技術の発展に多いに貢献しました。
図书のコレクションは约500点です。19~20世纪の电気学、物理学、工学など科学技术に関するものが主で、古典とされるアンペール、カルノー、ファラデー、ヘルムホルツ、ヘルツ、マックスウェル、オームらによる着书の初版本も含まれています。私文书类のコレクションは、クラーク自身の日记、手纸、原稿、社内文书、研究ノートなど数千点にのぼっています。
チャールズ?クラーク Charles Lorenzo Clarke,1853~1941年
エジソンの研究所の主任技师でアメリカ电気工学者协会の创立委员を务めた
トーマス?エジソン Thomas Alva Edison,1847年~1931年
アメリカの発明王。「発明研究所」を开设し、クラークをはじめ多くの共同研究者とともに电球、発电机、电话、蓄音机、映写机などの开発に没头した。
クラークの研究日誌(1989年~1930年)
クラークが40年間に書いた日記は3,000ページ以上にのぼり、16冊に製本され保存されている。 内容は主として、電気技術関係の仕事や研究に関するものである。
クラークのビジネス书简写し(1982年~1911年)
クラークが30年间に书いた约2,000通の手纸の写しで、エジソン电灯会社に勤务していた顷の発明や特许に関する内容の手纸も含まれている。
このほか、自动车王ヘンリー?フォードと交した书简集もある。
アンペール着「电気力学现象の数学的理论」(1926年)
アンペール(础苍诲谤别-惭补谤颈别
础尘辫别谤别)は、フランスの科学者。
本书は、彼の研究の中でも特に有名な电流の磁気作用の研究がまとめられたもの。
电流の単位「アンペア」はアンペールの名にちなんでいる。
カルノー着「火の动力、およびその力を発生させるのに适した机関についての考察」(1824年?扉)
フランスの物理学者カルノー
(Sadi Carnot)が生存中に出版した唯一の著作で、熱力学形成史上重要な役割を果たし、後世に多大な影響を与えた。
写真の右肩の印から、本書はドイツの熱学者クラウジウス(Rudolf Clausius)が所有していたものと見られる。
江戸时代から明治时代前半にかけて着された科学?技术の文献约200点を収集したもので、わが国でも数少ない和本コレクションです。大半は木版印刷による和缀书ですが、毛笔书きの写本や书简も含まれています。锁国体制下に始まる兰学の时代から明治の文明开化の时代に至るまでの、日本の科学?技术の大きな流れをたどることができる贵重な资料です。
平贺源内「物类品隲」(ぶつるいひんしつ)全6巻合本 宝暦7年(1763年)
源内が汤岛で主催した物产会の出品物を记録した书物。西洋博物学の知识も反映されている。
平贺源内「火浣布略説」(かかんぷりゃくせつ)明和2年(1765年)
源内は西洋から伝わった火浣布 (石綿)に興味を示し、自ら作ったといわれる。本書には、火浣布の由来や性質が図入りで説明されている。
细川半蔵「机巧图汇」(からくりずい)全3巻 寛政8年(1796年)
着者は土佐出身の技术者で暦学者。江戸时代の自动机械について详述した唯一の文献で、当时の职人技术の水準の高さを伝えている。
宇田川榕庵「舎密开宗」(せいみかいそう)全21巻 天保8年(1837年)~弘化4年(1847年)
わが国の近代化学を体系的に绍介した初めての书。「舎密」とは、オランダ语の「肠丑别尘颈别」の音訳で、明治时代に化学と呼ばれるようになった。
玛高温「电気通标」(でんきつうひょう) 写本 幕末(笔写年不明)
中国で布教活动をしたアメリカ人宣教师、顿.闯.マッゴワンの汉文书『博物通书』(1851年)のうち、电気と电信机を主题とした部分の写本。「电気」という言叶の初出は本书とされており、これより以前は「越歴」(エレキ)という音訳语が使われていた。『电気通标』の写本は日本で数点しか现存していない。
福沢諭吉「训蒙穷理図解」(くんもんきゅりずかい)全3巻 明治4年(1871年)再版
「穷理」とは今日の物理にあたる言叶。明治の初めには初等教育が始まり、教师向けの理科参考书ブーム(いわゆる「穷理ブーム」)が起き、本书も広く読まれた。自然现象や物理法则がわかりやすく解説されている。
山冈 望(1892年~1978年)
旧制第六高等学校(现?冈山大学)と国际基督教大学で教授を务める。日本でもっとも着名な化学教育者?化学史家の1人である。
山岡望は、わが国の化学教育と化学史研究の草分け的存在です。山冈文库は、氏が生前に収集した文庫類約280点を集めたもので、洋書が半数近くを占めるほか、雑誌類も数多く含まれています。単に図書としてでなく、歴史に残る化学教育者?化学史家が使用した文献という意味でも、貴重な歴史資産です。
山冈望「化学史谈」 原稿
氏の代表的な化学史书で、昭和26年(1951年)から41年(1966年)まで全8巻が刊行された。19世纪ヨーロッパの伟大な化学者の伝记を中心に构成されている。
左:「我等の化学」創刊号 昭和 3年(1928年) 右:「化学の領域」創刊号 昭和22年(1947年)
『我等の化学』は京都で创刊された雑誌で、人间味のある化学の普及をめざし、化学者のエッセイや化学史の记事を掲载したが、5年后に廃刊となった。
『化学の领域』は终戦直后に创刊された化学の一般向け総合雑誌で、今日まで続いている。
「Journal of Chemical Education」(1925年~1967年)
アメリカ化学会の化学教育部会発行の雑誌で、今日では入手しにくい古い号も含まれている。